
水戸・弘道館「学生警鐘」:全国に二つだけ!かな文字を刻んだ梵鐘
弘道館は、水戸藩第九代藩主・徳川斉昭が天保十二年(1841年)に創設した藩校です。その敷地はおよそ10.5ヘクタール、東京ドーム2個分。15歳で入学し、40歳まで通うことが義務づけられ(しかも卒業はなく、生涯学び続ける場でした)、藩校としては全国最大の規模を誇りました。文館・武館・医学館に加え、天文学や西洋医学まで学べる、いわば当時の総合大学でした。
その片隅に、ひとつの鐘があります。「学生警鐘(がくせいけいしょう)」と呼ばれるこの梵鐘は、日本の鐘の歴史のなかでも、きわめて異色の存在です。

学校チャイムの元祖
ふつう梵鐘といえば、寺院の鐘楼に吊られ、法要を告げ、除夜に撞かれる仏具として使われます。ところが学生警鐘の用途は、宗教儀礼とは無関係の「教育のための時報」として作られました。授業や生活の区切りを告げる、いわば現代の学校チャイムの元祖です。
そして用途だけでなく、デザインが他の梵鐘とは一線を画します。鐘の外側には、注連縄に八咫鏡と勾玉を榊にかけた図、三種の神器を思わせる神道のモチーフが浮き彫りにされています。これは、弘道館が掲げた「神儒一致」、つまり神道と儒学を一体のものとする理念を表しています。

かな文字で刻まれた和歌
この鐘の最大の特徴は、銘文にあります。通常、梵鐘の銘は漢文・漢字・梵字で記されます。ところが学生警鐘には、斉昭自筆の
「物学ぶ人の為にと さやかにも 暁告ぐる鐘のこえかな」
という和歌がかな文字で浮彫されています。「学問に励む人のために、清らかにも、夜明けを告げる鐘の声であることよ」
漢文の格言ではなく、藩主自身が詠んだ和歌を、しかもかな文字で記しています。
かな文字で銘を刻んだ梵鐘は、全国を見渡してもごくわずかしか確認できません。当サイトでかつて紹介した、高野山の「六時の鐘」がその一例です。福島正則が父母の追福を願って寄進したあの鐘もまた、万葉仮名の銘を持つ珍品として知られています。
▶ 高野山「六時の鐘」の記事はこちら
梵鐘しらべ

| 時間 | 打鐘しない |
| 打数 | ー |
| 前捨て鐘 | ー |
| 実質 | ー |
| 後捨て鐘 | ー |
梵鐘ものがたり

鐘の内側にも文字がある
さらにこの鐘は、外側だけでなく内側にも文字が刻まれています。斉昭自筆による鋳造の由来が内面に刻まれ、花押(署名)まで添えられています。ひとつの鐘に、これほど藩主個人の手が深く入った例は珍しく、斉昭がこの鐘に注いだ思い入れの強さがうかがえます。
弘道館の展示室では、この内側の銘も見られるよう工夫されています。鐘の内部は通常まず目にすることのない部分であり、貴重な展示だと思います。なお、現地で係の方に伺ったところ、展示室の実物は撮影が禁じられています。ぜひ足を運んで、その目で確かめていただきたい一品です。

アクセス
住所
茨城県水戸市三の丸1丁目6
皆さんお寺で鐘を鳴らした経験があると思います。お寺の鐘、梵鐘(ぼんしょう)はとても身近な文化です。それぞれの寺や地域の歴史を反映し、豊富なバリエーションが存在します。
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