梵鐘単体の評価
奈良・法輪寺:自然の試練を乗り越えた斑鳩の古刹
大和路線の法隆寺駅からのどかな田園地帯を歩くと、その一角に三重塔が見えてきます。ここの地名、三井は聖徳太子が三つの井戸を飛鳥から移したことに由来します。法輪寺の創建については諸説あるようですが、その始まりはおおよそ1400年前に遡り非常に長い歴史を誇ります。
梵鐘しらべ
時間 | 不定期(かつては毎朝6時) |
打数 | (7 打) |
前捨て鐘 | - |
実質 | (6 打) |
後捨て鐘 | (1 打) |
日本最古の妙見菩薩像
秘仏・妙見菩薩は、平安時代から伝わる最古の妙見仏として、その存在が知られています。妙見とは北極星のことで、妙見菩薩は星を象徴する仏さまとされています。
北極星はひとつじゃない?
ところで北極星は複数存在することをご存知でしょうか。地球の回転軸は、ゆっくり26,000年の周期で回転します。これは、お正月のコマの軸が揺れるのと同じ原理です。
現在の北極星はこぐま座のα星です。その役割を果たす星は数千年ごとに変わります。例えば4000年前、ピラミッドは別の星を北極星としていたことが分かっています。
秘仏・妙見菩薩を見るチャンス
法輪寺の妙見菩薩は年に数回、特別な法要の際に一般公開されます。妙見菩薩は単なる宗教的な対象に留まらず、天文学的な知識や宇宙の変化とも結びついて、その存在は単なる仏像以上の意味を持っていることを感じさせます。
梵鐘ものがたり
法輪寺の象徴とも言える三重塔は、1944年落雷により焼失しました。その31年後、たくさんの人の支援と願いのもと1975年に再建を果たしました。この『再建ものがたり』はぜひこちらをご覧ください。三重塔再建ものがたり - 法輪寺公式 - 奈良 斑鳩 法輪寺 (ikaruga-horinji.or.jp)
江戸時代の梵鐘は復興のシンボル
三重塔と向かい合う位置に、江戸時代から伝わる梵鐘があります。本尊である薬師如来を表す梵字と享保三年(1718年)の文字が刻まれています。お寺に伝わる話では、この70年前の大きな嵐で金堂・講堂など伽藍が倒壊し、三重塔の一部を残して建物はすべて失われました。被害は甚大でしたが、寳祐(ほうゆう)上人のリーダーシップで復興修理が行われました。梵鐘は復興活動の一環として作られました。
記録が見当たらない超局地的な災害
斑鳩町といえば同じく有名な法隆寺があります。徒歩で15分ほどの近所ですが、法隆寺にはこの突風の記録が見当たりません。甚大な被害をもたらした突風は法輪寺周辺に限定した超局所的な現象であったことを示唆しています。もし日付の記録が残っていれば、例えば春ならメイストームのような竜巻であった可能性もあります。今後の気象学的な解明に期待したいところです。
自然の厳しさと共に生きる法輪寺
法輪寺は長い歴史の中で何度も自然災害の被害を受けながら、その都度復興し、現在にその姿を伝えてくれています。この様は自然の厳しさとともに生きる日本の精神そのものかもしれません。自然の試練を乗り越えた古刹として、法輪寺は歴史的な価値と共に、日本の文化と精神を象徴しているようです。
アクセス
住所
奈良県生駒郡斑鳩町三井1570
お寺の鐘しらべ管理人
- 東京在住のサラリーマン
- 梵鐘の愛好家
- 出張先や夜時間に梵活中
皆さんお寺で鐘を鳴らした経験があると思います。お寺の鐘、梵鐘(ぼんしょう)はとても身近な文化です。それぞれの寺や地域の歴史を反映し、豊富なバリエーションが存在します。
しかし最近では騒音問題や人手不足により、その文化は急速に失われつつあります。日々の生活や街の風景が変わる中で、鐘の音は変わらない唯一の文化遺産です。
「お寺の鐘しらべ」では、梵鐘にまつわる文化や歴史を通して、鐘の魅力を発信しています。朝活やお仕事後のひとときに楽しめるプチ旅行の参考としてもご活用いただけます。
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