大河ドラマ「べらぼう-蔦重栄華之夢噺」に登場する梵鐘
大河ドラマ「べらぼう蔦重栄華之夢噺」は、このコラムを書いている時点で第2話まで放送されました。これまでのところ、毎回梵鐘の音が響くシーンが登場しています。
蔦屋重三郎が出版した「吉原仁和嘉全盛遊ばん附」(東京都立図書館)
第1話では、蔦屋重三郎(横浜流星)が女郎・朝顔(愛希れいか)にお弁当を届けるシーンで鐘の音が聞こえます。朝顔はこのお弁当を食べることなく亡くなるのですが、この件をキッカケに重三郎と花の井(小芝風花)の物語が展開していきます。吉原の窮状を訴えるために、重三郎は八丁堀の奉行所へ行くのですが相手にされず、帰り道の公衆トイレで平賀源内(安田顕)と偶然出会います。まだ「厠の男」としての登場です。この時も梵鐘の音が響いてました。
第2話では重三郎が公衆トイレで待ち伏せして再び「厠の男」とのコンタクトに成功します。この時も梵鐘の音が聞こえます。
今後放送される話でも鐘音が演出として登場するのか、何かの伏線になのか気になりますね。本稿ではこれまでの材料を基にドラマ中の鐘について考察します。
吉原からも近い浅草寺の梵鐘
重三郎が平賀源内と出会った場所の推定
平賀源内は明和九年の大火で自宅を焼かれています。重三郎と出会った頃は、45歳~46歳で大阪や秋田の鉱山調査を行っていた時代でした。自己紹介するときも、山の仕事をしている銭内(ぜにない)と説明しています。
平賀源内が登場した公衆トイレの場所から考えてみます。第一話では八丁堀(現在の東京駅付近)からの帰り道。第二話では川沿いの並木道を歩きながらのシーンでした。当時の日光街道(今の国道6号線)を墨田川沿いに浅草方面へと向かうルートを描いているのでしょう。当時の江戸で公衆トイレがどのくらい整備されていたのか分かりませんが、このルートで大きな町といえば浅草になると思います。
戯作者考補遺(慶応義塾大学メディアセンター)
江戸幕府が確立した時報システム
吉原(現在の台東区千束付近)は浅草から約1キロ北に位置します。江戸時代この辺りまで鐘の音が届きそうなお寺の鐘としては、以下が考えられそうです。
- 浅草寺:最有力候補。浅草寺の梵鐘は時報として2時間おきに響いていました。
- 寛永寺:吉原から2.7キロ。こちらも2時間おきに鐘を鳴らしていました。
- 浄閑寺:吉原に近く、女郎を弔ったお寺として知られています。梵鐘があったかどうか不明。
江戸の街では幕府が運営する時報システムが確立していました。お寺の梵鐘を利用して、江戸城を囲む9か所をリレーするように鳴らしていきます。お寺の順番が決まっていて、前のお寺の鐘が鳴り終わったら自分の鐘を撞いて、その鐘が終わるのを確認したら次のお寺が鐘を鳴らすルールです。
基本的に24時間絶え間なく2時間おきに時間の回数分を打鍾するので、江戸の町民は鐘の回数で時間を知ることができました。吉原から近い寛永寺と浅草寺は7番目と8番目を担当していました。
東都名所隅田川華盛(歌川広重)
松尾芭蕉が詠んだ鐘の音
松尾芭蕉の俳句からも、江戸の鐘にまつわる状況を伺い知ることができます。
「花の雲 鐘は上野か 浅草か」
「上野」は寛永寺、「浅草」は浅草寺を指しています。芭蕉が暮らしていた深川からいずれも3キロ以上離れています。9か所のうち深川から最も近いのは本所時鐘屋敷(約1.5キロ)ですが、上野や浅草という地名の響きが作品を引き立てたのでしょう。今よりも静かだった当時の江戸ならば、深川からでも浅草寺や寛永寺の鐘音が時折聞こえたのかもしれません。
松尾芭蕉肖像(早稲田大学図書館)
現在につながる浅草寺の鐘
深川まで届いているのであれば吉原でも寛永寺の鐘は聞こえたかもしれませんが、墨田川沿いの描写を考慮すると浅草寺の可能性が極めて高いと思います。第三話以降で鐘の音が登場するか分かりませんが、梵鐘ファンとしては今後のストーリー展開で大きなカギとなることを期待してしまいます。
浅草寺の鐘は松尾芭蕉が俳句に詠んだころから300年以上ずっと同じものを使い続けています。現在も毎朝6時にお坊さんがやってきて打鍾します。ドラマに登場する鐘音を、浅草寺のものと比べると面白い発見があるかもしれません。ぜひ皆さんもYouTubeで浅草寺の音を確認してみてください。
お寺の鐘しらべ管理人
- 東京在住のサラリーマン
- 梵鐘の愛好家
- 出張先や夜時間に梵活中
皆さんお寺で鐘を鳴らした経験があると思います。お寺の鐘、梵鐘(ぼんしょう)はとても身近な文化です。それぞれの寺や地域の歴史を反映し、豊富なバリエーションが存在します。
しかし最近では騒音問題や人手不足により、その文化は急速に失われつつあります。日々の生活や街の風景が変わる中で、鐘の音は変わらない唯一の文化遺産です。
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