梵鐘単体の評価
滋賀・石山寺:紫式部や清少納言が聴いた平安初期の鐘の音(重要文化財)
石山寺は、『源氏物語』を執筆したとされる紫式部ゆかりの場所として広く知られています。本堂は国の天然記念物に指定されている「石山寺硅灰石」という巨大な岩盤の上に建てられています。この岩盤が寺名の由来となり、岩山と一体化した壮大な風景が「石山寺」という名前にふさわしい姿を見せています。
石山寺のシンボル硅灰石(天然記念物)
お寺の成り立ちは東大寺がキッカケ
源頼朝が寄進した多宝塔(国宝)
石山寺は、奈良時代に東大寺の初代別当である良弁によって創建されたと伝えられています。当時、良弁は東大寺の建設責任者として資材集めに尽力していました。琵琶湖周辺で集められた資材は、瀬田川(琵琶湖から流出する唯一の河川)、宇治川、木津川を経由して奈良に運ばれていて、石山寺は資材の中継地点として重要な役割を果たしていました。
平安貴族の憧れのリゾート地
琵琶湖が見渡せる月見亭
平安時代には観音信仰が広まり、京都から小旅行としてほどよい距離(約20キロ)にある石山寺は、貴族たちの「石山詣(いしやまもうで)」と呼ばれる参拝地として人気を集めました。『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』といった平安文学の中にも石山寺に関する記述が見られます。また、紫式部もこの地に滞在し、寺から眺めた琵琶湖の風景が『源氏物語』の着想を得るきっかけになったとする伝承があります。
梵鐘しらべ
時間 | 元日午前2時 |
打数 | ー |
前捨て鐘 | ー |
実質 | ー |
後捨て鐘 | ー |
「ゆく年くる年」の楽しみ方:紅白歌合戦から本番へ
華やかな紅白歌合戦が終わり、静寂に包まれたお寺がテレビ画面に映し出されると、いよいよ今年も終わり。日本人にとって定番のテレビ番組「ゆく年くる年」の時間です。しかし、我々マニアにとっては、ここからが本番。紅白なんて、いわば前座のようなもの。今年はどんな神社仏閣が登場するのか、楽しみでなりません。お坊さんや神主さんも、「ゆく年くる年」で取り上げられることを、紅白に出場する歌手のように名誉なことだと感じているのかもしれません。もっとも、そんな俗な感覚はないかもしれませんが。
昨年は、大河ドラマ「光る君へ」に関連して石山寺が紹介されました。そして2025年には、横浜流星さん主演の大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」が放送されます。この物語に関連するお寺や神社として、どこが紹介されるのでしょうか?これまで取り上げられたことのないテーマなだけに、予想が難しく、その分楽しみです。
梵鐘ものがたり
1000年前に作られた平安初期の梵鐘
石山寺の梵鐘は、西暦900年頃に作られたと考えられています。その龍頭(鐘の上部の龍をかたどった部分)のデザインは、京都の神護寺の国宝梵鐘と似ていて、平安時代の美術工芸の一端を感じさせます。この梵鐘は国の重要文化財に指定されており、紫式部が生きた時代には既に完成から約100年が経過していました。紫式部や清少納言がここを訪れた際に、この鐘の音を聞いていた可能性があります。現在でもその音色は当時と変わらず、約1000年前の空間を私たちに届けてくれます。
淀君の寄進により増築された本堂(国宝)
深夜の鐘と特別な儀式
石山寺の除夜の鐘は、一般的な大晦日の夜ではなく、年が明けた午前2時に撞かれます。先着108名が参加でき、撞木を引いて撞く形式です。この時間設定は「すべての生き物が寝静まり、水が最も清らかな時間」という考えに基づいています。また、除夜の鐘と同時に境内の閼伽池(あかいけ)では初水が汲まれます。さらに、元日の午前4時には、初水を壺に入れる儀式が行われます。石山寺で最も重要な法要「香水加持作法(こうずいかじさほう)」が座主によって厳かに執り行われます。
月見亭から見渡せる瀬田川と琵琶湖
石山寺へは、JR石山駅からバス、または京阪石山坂本線の石山寺駅をご利用ください。平安時代の人々と同じ鐘の音色を体感してみてはいかがでしょうか。
アクセス
住所
滋賀県大津市石山寺1丁目1−1
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お寺の鐘しらべ管理人
- 東京在住のサラリーマン
- 梵鐘の愛好家
- 出張先や夜時間に梵活中
皆さんお寺で鐘を鳴らした経験があると思います。お寺の鐘、梵鐘(ぼんしょう)はとても身近な文化です。それぞれの寺や地域の歴史を反映し、豊富なバリエーションが存在します。
しかし最近では騒音問題や人手不足により、その文化は急速に失われつつあります。日々の生活や街の風景が変わる中で、鐘の音は変わらない唯一の文化遺産です。
「お寺の鐘しらべ」では、梵鐘にまつわる文化や歴史を通して、鐘の魅力を発信しています。朝活やお仕事後のひとときに楽しめるプチ旅行の参考としてもご活用いただけます。
一緒に梵鐘を巡る旅に出かけましょう!