
御忌の期間は毎朝8時に鐘が鳴る
京都・妙心寺:徒然草で絶賛された日本最古の梵鐘(国宝)
妙心寺は、東京ドーム6個分に相当する広大な敷地をもつ日本最大の禅寺です。京都市右京区花園に位置し、その地名が示す通り、かつて広大な花畑が広がっていたこの地は、第95代花園天皇がこよなく愛した場所でした。花園天皇は1342年(康永元年)にこの地に離宮を構え、後にこれを禅寺へと改めました。これが妙心寺の始まりです。豊かな自然環境に恵まれた「西の御所」として親しまれてきました。

境内には本山と38寺院がひしめく
妙心寺の広大な境内には38の塔頭(たっちゅう:寺院に属する個別のお寺)が点在してひとつの町を形成しています。境内の外にも塔頭があり、たとえば石庭で有名な世界遺産・龍安寺もその一つです。

九州で作られた日本最古の梵鐘

妙心寺の梵鐘は製作時期が確実なものの中で最古の歴史を持ちます。この鐘は内側に22文字の銘文が刻まれていて作られた日付が読み取れます。
戊戌年四月十三日壬寅収糟屋評造春米連廣國鑄鐘

ARC浮世絵・日本絵画ポータルデータベース「花園妙心寺」
ここで書かれている戊戌(つちのえいぬ)年は西暦698年を示すことが確定していて、銘があるものとしては唯一飛鳥時代に作られた梵鐘です。この鐘と全く同じ形のものが福岡県観世音寺に残されています。詳細な調査の結果から、この二つの梵鐘は同じ時期に同じ作者により作られたと考えられています。
梵鐘しらべ
時間 5時30分 18地30分 20時 | |
打数 | |
前捨て鐘 | |
実質 | |
後捨て鐘 |
梵鐘ものがたり

オリジナルを忠実に再現したレプリカ鍾
徒然草に隠された鐘のメッセージ
福岡県糟屋郡のお寺で使われていた梵鐘がどのようにして京都の妙心寺に伝わったのか、鎌倉時代に書かれた吉田兼好の徒然草にヒントが隠されています。
「凡そ、鐘の声は黄鐘調なるべし。これ、無常の調子、祇園精舎の無常院の声なり。西園寺の鐘、黄鐘調に鋳らるべしとて、数多度鋳かへられけれども、叶はざりけるを、遠国より尋ね出されけり。浄金剛院の鐘の声、また黄鐘調なり。」

「徒然草」国立公文書館デジタルアーカイブ特119-0003
現代語に解釈すると「鐘の音は黄鐘調がいい。これこそ無常の音色であり、祇園精舎にある無常院の鐘の音にふさわしいと言える。西園寺の鐘は黄鐘調にしようとして何度も作り直したけど、思うようにはならず遠い国から教えてもらった。浄金剛院の鐘の音も、黄鐘調の響きである。」という意味でしょうか。
徒然草で絶賛された『浄金剛院』の鐘

西園寺の鐘が伝わる金閣寺
徒然草が書かれたのは鎌倉時代の1330年頃。いま金閣寺で使っている梵鐘は『西園寺』から引き継いだものと考えられています。いっぽう『浄金剛院』は1342年に関山慧玄(かんざんえげん)が創建したと言われていますが、それより前に書かれた徒然草に載っているということはお寺の歴史が公式の記録よりも古いのかもしれません。あるいは1342年は吉田兼好がまだ存命なので、徒然草が書かれた時期が実は1342年以降なのかもしれません。ともかく徒然草の中で浄金剛院鐘は黄鐘調の響きでとてもいいと褒められています。
妙心寺と浄金剛院をつなぐ二つのエビデンス

徒然草画帖_第1段(東京国立博物館 画像番号C0034636)
妙心寺鐘には西暦689年の銘文が刻まれた梵鐘の現物があるので、どこかの時点で九州から京都に運ばれたことは間違いありません。では徒然草に書かれた『浄金剛院』の鐘が今の妙心寺の鐘と同じものであるのか、確定するものは見つけられませんでしたが、それを示唆する言い伝えをふたつ見つけることができたので紹介します。

門前の三河屋で人気の釣鐘もなか
初代住持の関山慧玄(かんざんえげん)が妙心寺の門前で鐘を運んでいる農民に出会い、その鐘をどうするのか尋ねると、農民は鐘を売って農機具と取り替えるつもりだと言いました。そこで、妙心寺に梵鐘がなかったことから、関山慧玄は鐘を鳥目一貫文(ちょうもくいっかんもん:米十石相当)で農民から買い取りました。一石は大人が一年間に食べるお米の量、すなわち年間食費に相当します。総務省のデータによると現代の年間食費は一名30万円くらいなので、500万円くらいで買い取ったということになりますね。

もうひとつは江戸時代、徳川吉宗の孫にあたる松平定信がまとめた集古十種という美術品カタログの中で妙心寺梵鐘の説明のところに『文武天皇二年兼好所謂浄金剛院者即是也』と書いています。現代語に解釈すると、文武天皇二年(西暦698年)に吉田兼好が書いた徒然草に登場するいわゆる浄金剛院の鐘、となります。松平定信が妙心寺鍾と浄金剛院鍾を同じものと判断した根拠は分かりませんが、当時から人々がこのように考えていたのは間違いないと思います。

「集古十種」国立国会図書館2592643
この日本最古の国宝鐘は老朽化が進み、ひび割れの危険があるため、法堂内に移設展示されています。法堂の北西にある鐘楼では国宝鐘のレプリカが使われていて、毎朝5時30分、夕方の昏鐘(こんしょう)、20時の初夜五更で毎日鳴らされています。昏鐘の時間はカレンダーで細かく変わります。11月1日〜2月28日は17時。3月1日〜3月20日は17時15分。3月21日〜4月10日は17時30分。4月11日〜9月20日は18時30分。9月21日〜10月10日は17時30分。10月11日〜10月31日は17時15分です。妙心寺は広大な敷地を持つため、他にも梵鐘があり、それぞれ別の時間に鳴らされています。また、塔頭でも自前の鐘が打鐘されるため、いつも境内のどこかで鐘の音が響き渡っています。

ちなみに徒然草で引き合いにされた金閣寺の西園寺鐘ですが、奈良時代頃の古代鍾の特徴が見られます。週末は200円で参拝者が鐘を撞くこともできます。とてもいい響きの梵鐘だと思います。

京福電鉄北野線の妙心寺駅から徒歩5分くらいです。
アクセス
京福電鉄北野線の妙心寺駅から徒歩5分くらいです。
住所
京都府京都市右京区花園妙心寺町1
ホームページ
皆さんお寺で鐘を鳴らした経験があると思います。お寺の鐘、梵鐘(ぼんしょう)はとても身近な文化です。それぞれの寺や地域の歴史を反映し、豊富なバリエーションが存在します。
しかし最近では騒音問題や人手不足により、その文化は急速に失われつつあります。日々の生活や街の風景が変わる中で、鐘の音は変わらない唯一の文化遺産です。
「お寺の鐘しらべ」では、梵鐘にまつわる文化や歴史を通して、鐘の魅力を発信しています。朝活やお仕事後のひとときに楽しめるプチ旅行の参考としてもご活用いただけます。
一緒に梵鐘を巡る旅に出かけましょう!