奈良
奈良・法隆寺(西円堂):柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺
法隆寺にはいくつかの鐘がありますが、子規が訪れた日(10月24日または10月26日)に鳴っていたのは、西円堂の鐘だけでした。西円堂は、法隆寺境内の最も西に位置する八角堂で、小高い丘の上に建っています。五重塔よりも高い場所にあるため、境内のどこからでも鐘の音を聞くことができます。
奈良・榮山寺:藤原南家に伝わる菅原道真ゆかりの梵鐘(国宝)
奈良県五條市の榮山寺は、藤原南家の武智麻呂によって創建された歴史あるお寺です。武智麻呂の子である藤原仲麻呂が建立したと伝えられる八角堂は奈良時代初期の状態をそのまま今に伝えています。1300年前の建築物でありながら、建てられた時期が特定できている点でも貴重な文化財で国宝に指定されています。
奈良・當麻寺:古代の聖地に伝わる現存最古級の梵鐘(国宝)
邪馬台国の有力候補地とされる古代奈良盆地。朝日が昇る三輪山と日が沈む二上山は特別な聖地として崇められ、地域は大いに栄えていました。二上山の東麓には修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)の私領があり、彼が修行した最初の地が當麻です。役行者が寄進した場所にできたお寺が當麻寺となりました。天武天皇10年(白鳳9年・681)の出来事と考えられています。
奈良・やまぞえ不動院:再建された鐘楼と80年ぶりに響く平和の鐘
2024年12月7日、奈良県山添村の『やまぞえ不動院』で再建された鐘楼のオープニングセレモニーが開催されました。昭和19年4月に梵鐘が戦時供出されて以降、80年ぶりにお寺の鐘が村に響きました。鐘が到着する前の10月とセレモニー当日にお寺を訪問し、ご住職の前川良基様からお話を伺いました。前川様は高野山で修行を積まれた後、平成19年からこのお寺の住職を勤めておられます。お寺の住職としての務めに加え、地域活動にも熱心に取り組み、長年山添村の教育委員長を務めるなど、村の発展にも尽力されています。
奈良・矢田寺:日本最古の地蔵信仰と京都の送り鐘
矢田寺(金剛山寺)は「矢田のお地蔵さん」として広く親しまれており、奈良県の矢田山の中腹に位置しています。この寺院には、日本最古とされる延命地蔵菩薩が安置されており、地蔵信仰の中心地として栄えてきました。寺院へは大和小泉駅からバスで横山口まで行き、そこから徒歩約20分の山道を登ると到着します。
奈良・金峯山寺:藤原道長が詣でた修験道のパワースポット
金峯山寺は「紀伊山地の霊場と参詣道」の主要構成遺産としてユネスコ世界文化遺産に登録されている寺院です。大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)という非常に厳しい修験道はここ金峯山寺を起点にしています。私は東京から京都を経由し、奈良、橿原神宮を通り過ぎて吉野まで3時間以上かけてやってきましたが、これは修験道のスタート地点に到着したに過ぎません。
奈良・朝護孫子寺:聖徳太子が開いた阪神タイガースの聖地!?
昨シーズンは日本シリーズを制し38年ぶりのAREを成し遂げた阪神タイガース。ペナントレース佳境に入りアレンパが見えてきた9月、信貴山の朝護孫子寺を訪れました。聖徳太子が物部氏と戦争を繰り広げていた8歳の頃、寅年・寅月・寅日・寅刻にこの山で毘沙門天王を感じとり、その勢いで戦争に勝利したと伝えられています。
奈良・法隆寺:西院伽藍は僧侶の時計台(重要文化財)
法隆寺の境内は広大で、拝観エリアは複数に分かれています。チケットも3枚綴りになっていて、西院伽藍、夢殿、宝物館を巡ります。その中でも世界最古の木造建築群の西院伽藍はメインエリアと言えるでしょう。法隆寺の建築物群は日本で初めて世界遺産に登録されました。
奈良・法輪寺:自然の試練を乗り越えた斑鳩の古刹
隆寺駅からのどかな田園地帯を歩くと、その一角に三重塔が見えてきます。ここの地名、三井は聖徳太子が三つの井戸を飛鳥から移したことに由来します。
奈良・新薬師寺:鬼の爪痕が残るミステリースポット(重要文化財)
ならまちエリアには、古都奈良をしのばせる美しい町並みが残されています。新薬師寺は奈良時代から伝わる伝統寺院であるとともに、鬼退治伝説の証拠が残るミステリースポットとして魅力的な存在です。